この度は、当ウェブサイトへアクセスし、ご覧いただきまして、誠にありがとうございます。このウェブサイトでは、佐賀藩主鍋島家の外戚・重臣として栄えた佐賀藩士石井家の歴史と人物を、石井家の末裔がご紹介しております。

石井家の歴史は、さかのぼること遥か750余年前、それは鎌倉時代中期のこと、関白藤原兼通の後胤にあたる諸太夫が、京の都から、はるばる関東下総国猿島郡石井郷に下向・土着したことに始まります。以降、守護大名千葉家に仕え、その縁故で肥前国小城郡に移り、戦国大名龍造寺家の重臣として頭角を現しました。龍造寺家の北部九州五州二島への勢力拡大を支え、近世に至り、龍造寺家を継承した鍋島家の外戚・重臣となって、幕末の廃藩に至るまで佐賀鍋島藩を支えてきました。佐賀ではとくに、佐賀藩の基礎を築いた知勇兼備の名将藩祖鍋島直茂公の正室で、初代藩主勝茂公の生母となった賢夫人の誉れが高い陽泰院夫人の実家として知られています。陽泰院の血縁という所以から、石井家は、藩政時代を通して家老や着座の家格で重んじられ、一族その恩恵に浴したのです。

さらに、明治時代以降も一族からは、日本の知的障害者福祉の創始者石井亮一や、日本の電話創業の父と称される石井忠亮、戦後の法律学の権威である東京大学名誉教授・成蹊大学長石井照久など、有為な人材を輩出している他、明治の元勲にして元内閣総理大臣大隈重信、海軍中将中牟田倉之助、元大蔵大臣・元逓信大臣武富時敏、近代的国史学の権威・東京帝国大学教授久米邦武などの著名人も石井家の姻戚にあたります。

石井家のふるさと佐賀は、「葉隠」の精神で知られる侍王国であり、幕末から明治維新にかけて西洋文明の移入につとめ、人材を養成し、雄藩の一角を占めたことから、その知的水準の高い地域風土は現在に至ってもなお注目されています。県内には多くの史蹟があり、また、九州を代表する観光資源にも恵まれ、是非、皆様にも一度は訪れていただきたいと思います。

石井家の末裔みずからが主宰するウェブサイトでありますので、身びいきや美化的な一面もあるかと思いますが、何分ご容赦いただきたく思います。当サイトを通じ、石井家及びそのふるさと佐賀をより理解いただき、少しでも関心をお持ちいただけたら幸いです。

2006年4月

主宰者

 

明治の元勲・大隈重信侯の旧宅

 

吉野ヶ里歴史公園

明治の元勲・大隈重信侯の旧宅(佐賀市)

 

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