|
亮一は、36歳のとき結婚します。相手は当時、津田梅子とともに進取的な女子教育者として活躍していた渡辺筆子という女性でした。筆子は、亮一より6歳年上で、男爵・渡辺清の長女でした。少女時代、昭憲皇后陛下の命により欧州留学を経験し、帰国後は華族女学校の教師や、静修女学校(後に津田梅子の女子英学塾に託される)の校長をつとめました。封建時代の価値観や風習が未だ強く残る明治時代に、公に男女同権を強く訴えた開明的な女性であったのです。また、華族令嬢としてたびたび社交界にも登場し、「鹿鳴館の華」と謳われた才色兼備の女性でした。フランス語と英語はとくに優れていて、その流暢な会話は、少女時代の筆子と会見した米国の前大統領グラント将軍が絶賛したほどでした。
当初、筆子は、小鹿島果という官吏と結婚し、三女を儲けますが、いずれも虚弱児で、うち二人は幼児のときに死亡。残る一人幸子も知的障害を持っていました。さらに夫の果も病死してしまいます。亮一と筆子は、静修女学校に亮一が講師として招聘されたことで運命の出会いを遂げます。亮一が滝乃川学園の事業を手がけていることを知って、筆子は幸子を亮一のもとに預けることにします。
 |
| 少女時代の筆子夫人
(滝乃川学園石井記念文庫所蔵)
|
幸子を亮一のもとに預けることになり、二人の関係はより近くなっていきます。筆子自身も以前から福祉事業を手がけいたこともあり、また、同じクリスチャンであることから、筆子は亮一の人間性に深く敬愛の念を抱くことになります。そして周囲の反対を押し切って、二人は結婚しました。筆子は、亮一との結婚以前から、滝乃川学園の主要な支援者でしたが、結婚を契機に、より中心的に学園の事業に関わっていくことになるのです。
|