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真龍寺(曹洞宗)は、佐賀藩家老六家の筆頭鍋島主水家歴代の菩提寺です。在地は鍋島主水家歴史代の知行地です。鍋島主水家の初代鍋島主水佑茂里は、石井二男家安芸守信忠の嫡男として生まれましたが、佐賀藩祖鍋島直茂・陽泰院夫妻にその人物を見込まれて婿養子となりました。以来、鍋島姓を名乗り、知行7,500石を拝領し、子孫代々家老職を世襲しました。
初代茂里は、もともと日蓮宗の信徒でしたが、鍋島家が曹洞宗の信徒であったため、後に改宗したとされています。日蓮宗の教義では、禅宗に帰依すれば地獄に落ちるとされていたので、主君が禅宗に帰依して地獄へ行くのなら、我も地獄までお供するのみ、との決意によるものと伝えられています。
真龍寺は、貞享2年(1685)四代当主鍋島主水直朗(養子・小城藩初代藩主鍋島元茂の子息)が、養父で三代当主鍋島主水武興の菩提を弔うために創建されたといわれています。直朗の正室は、佐賀藩二代藩主鍋島光茂の姫で、ともに同寺に葬られています。墓域には歴代当主夫妻の墓が建ち並び、西南雄藩の家老家に相応しい威容を偲ばせています。
明治以降、衰退しますが、戦後、現住職家によって再興され、現在に至っています。その他、二代鍋島淡路守茂宗の子息で分家した石井織部宗貞(二男)、石井伝兵衛信宗(四男)、石井清兵衛武明(五男)も同寺に葬られています。
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